尾崎喜八先生50回忌法要・蝋梅忌in鎌倉
期 日 2024年2月4日(日)
椛澤単独
タイム 前橋駅6:33ー北鎌倉駅9:41ー建長寺10:20ー明月院10:55ー北鎌倉ギャラリー月13:10ー珈琲と音楽 喫茶「笛」13:30ー
円覚寺15:05ー北鎌倉駅15:25ー高崎駅ー前橋駅18:45
久し振りの蝋梅忌は数えると6年ぶりになる。 年月の経つのは早すぎる。 今回は例年とは違い没後50年の祈念法要、また尾崎先生生誕130年の記念事業の一環として、明月院で執り行われた。 群馬県人は何処に行くにも車を使う、と言うのが普通のなか、電車に乗って鎌倉まで行く事は、年少児童が電車に初めて乗る、お勉強的な要素を含んだ年寄の珍道中か! |
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第一からこの字をくにふづと読んでいたが、どうやらこうづと読むらしい。 乗ったことないから仕方ない。 それに、スイカというカードを作ろうとしたら、集積回路の部品が無いから、カードは作れないが、モバイルスイカなら大丈夫自分で作れる?らしいことまでは理解できた。 まる2日間かけて何んとかインストールにこぎ付けたが疲れた~。 そして今日はいよいよそのモバイルスイカを使う日なのだ。(>_<)。。 恐る恐るスマホをIC読みとり機に近付けるとピピ!と鳴って通ることができた。 ホッとした一瞬の出来事。 |
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経路はネットで調べて置いたので、次にやることは横浜で乗り換える事。 所要時間4分の内に5番線から9番線へと乗り換える神業が必要だ!。 案ずるより生むが易し、の諺通り時間にはゆっくり間に合った。 さて、次の難関? 車内放送は大船から東海道線へは乗り換えが必要です!と、しきりにアナウンスあり。 散々考えた挙句、右隣に座っているちょっと美人の女性に、意を決して聞いてみることにした。 「この電車は鎌倉に行きますか?」 旅の恥はかき捨て!と言う古めかしい言葉を思い出した。 するとそのお方は「はい、行きます~(*^_^*)」と優しいお返事を返して下さった。 無事、北鎌倉駅に到着で来た~。 |
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電車から降りて出口に向かうと、この様なICカードチェック機がポツンと有って改札口は何処にもない。試しにスマホを近付けるとぴぴッとなった。(-_-;) 頭の中で、私はどっちの口に出ればいいのかな? 西口か? そちらに行くと改札ゲートが有ったのでスマホを近付けるとビビー!と鳴って通過出来な~い。 横に駅員さんが見ていて、にやりとした。(>_<)。 どうぞここから出て下さい、的確な指導をして頂いた。 外は雨が本降り。傘を出して歩く準備を整える。 用意した地図を確認、するとあれれ?こっちって反対、東口から降りなければ成らなかったのである。 仕方なく、また例の駅員さんに「東口へは一旦構内に入らないと行けないのでしょうか?」と聞くとそこの裏の路地を行けば通れます。との、又もや的確な道案内。 |
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この写真の右側に路地は有った。 | |
外は雨。 池に紅梅の花が綺麗に咲いていた。キチンと剪定しなければこの様な枝ぶりには成らない。 矢張り、鎌倉は品は良いな~と思った。 |
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鶴岡八幡宮まで行こうとしたが、時間の余裕が無さそうなので建長寺の見学にした。 北鎌倉駅からは600m位のところにある。 駅から歩いて来て左に曲がると天下門。内側にこの様な文字が書かれた扁額があった。 |
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次は総門 ここからは有料となる。 |
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三門(重要文化財)三解脱門の略称だと言う。 | |
仏殿(重要文化財) | |
地蔵菩薩坐像 | |
法堂(重要文化財) | |
はっとうと呼ぶらしい。 | |
前段に釈迦苦行像、後に千手観音菩薩 | |
名勝史跡 | |
庭園(名勝史跡) | |
建長寺見学を終えて北鎌倉駅の方向へ戻り、明月院通りと名の付いた小径を行く。 | |
明月院門前 | |
今日の目的地「明月院」到着。 | |
控えの間の大きな水晶の塊。 | |
尾崎先生がお亡くなられた時の新聞記事。 | |
お坊さんに有難い説教を賜った。 | |
読経風景。 | |
蝋梅忌世話役の堀さんが見付けたと言う、貴重な尾崎先生直筆の色紙。 | |
読経の後、尾崎先生のお眠りに成っている墓所での読経を予定していたが生憎の雨だったので、ここから墓所の方向に向かってお香を上げた。 | |
なお、希望者だけ墓所に。 私も未だお参りしたことが無かったので、たっての希望でご案内頂いた。 ようやく先生に会えた、と言う嬉しい気持ちが湧いてきた。 |
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明月院を後に、北鎌倉ギャラリー月に。 以前に白山書房の季刊「山の本」を愛読していたころに良く拝見した、芋版作家で著名な山室眞二さんの個展を見学した。尾崎先生の句に山室さんが芋版を押した素敵な作品が多数あって感激した。 |
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山室さんにお願いして写真を撮らせて頂いた。 | |
また、山室さんが先生の為に特別に企画された小冊子を頂くことが出来た。 | |
さて、法要の後は懇親会。珈琲と音楽の店「笛」 | |
我ら蝋梅忌の為にお店を貸し切りに。 | |
尾崎先生のお孫さんでもいらっしゃる、石黒敦彦さんの音戸で乾杯。 私はアルコールが駄目なので、食べることに専念。 |
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笛のご主人と奥様、山端ご夫妻は高村光太郎の縁戚でいらっしゃいます。 | |
結構頂いので、私はもうお腹いっぱい。 | |
蝋梅忌には、例年長野県富士見町教育長が参加されます。 今回は矢島教育長氏(左端)が見えられご挨拶されました。 |
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また、ヤマケイ文庫クラシックから「私の心の山」と題する580ページもの厚い本が出版されたと、報告があった。 私はすかさず一冊買い求めた。 読むのが楽しみ。 |
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時間も経ったので、私はお先に失礼して、北鎌倉駅前にある「円覚寺」を参詣することに。 | |
入ると立派な山門が建っていた。 | |
その奥には仏殿 | |
仏殿の釈迦如来坐像、金色に輝く。 | |
急ぎ足で北鎌倉駅 | |
すっかり夜の帳が降りた頃、高崎に到着。 両毛線に乗り換えて前橋へ。 |
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前橋駅前の駐車場に停めて有ったマイカーに乗って帰途に就いた。 電車の旅は疲れた~。 車の運転なら4時間はノンストップでも大丈夫だが、電車は背中が伸ばせないので、エコノミック症候群に成らない様に、他の乗客の迷惑のかからない程度に手足をチョコチョコ動かしていた。 |
付録-1
付録-2